9月14日
わたしのそばで生きることで、わたしを礼拝せよ。これがわたしの最初の人間像だった。彼にわたしは自分自身の息を吹き入れたのだから。人生行路を歩む時、わたしのそばにいること、それがわたしの願いだ。毎日がその旅路の重要な行程である。この世では行き場所がないように感じていても、あなたの霊的旅路はまったく別のもので、あなたを険しく危険な冒険の道に誘う。だから、道中つまずかないために、わたしの臨在の光の中を歩むことが重要なのだ。わたしのそばにいることで、あなたは自分を生けるいけにえとしてわたしに奉げていることになる。一日の最も平凡なルーティーンも、わたしに喜ばれる聖なる礼拝という霊的行為となり得るのだ。
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
―創世記2:7
いかに幸いなことでしょう、勝利の叫びを知る民は。
主よ、御顔の光の中を彼らは歩きます。
―詩編89:16
こういうわけで、兄弟たち、神の憐みによってあなた方に勧めます。
自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。
これこそ、あなた方のなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。
むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
―ローマ2:1-2
(サラ・ヤングの「イエスの呼びかけ」より)