それから
音沙汰も無くなった
わたしは
「楽な道を選ぶな」
とのアドバイスを受けて
必死に勉強し、ゼミではなく
卒論を選び、無事に書き上げて
卒業した
それは
彼に相応しい人間に
なりたいとの思いからだった
でも、彼からの音沙汰はなかった
わたしが大人になるのを
待っておられると思って
頑張っていた頃
父から知らされた
彼の訃報
それは父が所属する
機構学会の集まりで
彼の恩師から知らされた
ものだった。
わたしは言葉もなく
自宅に帰って
一人で泣いた。
その体験は
いつの間にか
わたしを逞しくしてくれた。
(2024年10月19日)