新たなる招き
その日「はい、いたします」と答えた時、わたしは永遠性を垣間見たのでした。神が何かをおやりと仰って、それが為された時、なんと美しいのだろうと思いました。
そして思ったのです、なぜ天国を待ち望むの?なぜ永遠のこちら側で神に「はい、いたします」と答えないのかしら?と。
あぁ、友よ、神に肯う女性になりなさいとの呼びかけは、あなたの魂が求めておられる新たな招きなのですよ。私たちは皆、心が引っ張られるのを感じていて、魂が更に何かを求めているのに、敢えて安全地帯から抜け出そうとする勇気が出ないことがよくあります。安全地帯を出れば、神の真の豊かさを味わうことができるのに。
ここで、わたしが普段どんな生活を送っているかを正確にお伝えすることは、とても重要なことだと、今ふと思いました。もしかしたら、あなたは、わたしのことを完全に落ち着いていて、見事にすべてをこなし、自制心のある、途方もなく長い時間を一人静かに神の御前で過ごす女性と思っておられるかも知れないので。
わたしは、まったくそんな女性ではありません。わたしは妻であり、五人の成人した子供の母であり、ある奉仕職の責任者です。いろいろなことをこなすために走り回っている人間です。わたしのやることリストが完全にチェック済みになることは滅多にありません。感情的になることもあり、忍耐力がスカスカになることもあります。日々のいら立ちが溜まって限界に達することもあります。何もかもをこなすには、時間やエネルギーがいつも足りなくて、カオスの状態が立ちはだかると言った具合です。
わかっていただけます?だったら、嬉しいわ!あなたは、神に肯うことのできる女性なのよ。完璧な女性とは言わなかったことに注目していただきたいの。でも、あなたが人生(生活)の投げかけるすべての真っただ中にいて、はい、やります、とだけささやいているなら、あなたは肯う準備ができているのよ。「はい、主よ、御身の忍耐が自制心を失いそうなわたしを押しとどめてくださることを望みます。」「はい、主よ、御身の眼差しがわたしの感情を抑えてくださることを望みます。」「はい、主よ、些細なことに圧倒されないように、御身のくださるものを求めます。」「はい、主よ、御身がわたしに求めておられることを行うために、御身の勇気を望みます。」「はい、主よ、いつどんな時も、わたしは御身を求め、御身から更なるものを必要としています。」
神に肯う女性になるのに、完璧な環境なんて必要ないのですよ。完璧にキリスト的な態度を求められているわけでも、大きな神学的問題へのあらゆる答えを求められているわけでもありません。あなたに求められているのは、あなたの注意を惹いているすべてを、「はい、神さま、そう致します」という神の大好きな言葉を述べて、委ねてしまうことなのです。
(続く)