~神の声を聞いて~

第二章

~神の声を聞いて~

神は私たちがご自分の声を聞くことを期待して
生きるのを望んでおられる

イギリス諸島に住んでいるニールから手紙が来ました:

親愛なるライサ、

イギリスは今冬です。妻がわたしの49歳の誕生日に運動用の自転車を買ってくれたので、体重を落とす約束をしました。

ペダルをこいでいる間 U.C.B. ヨーロッパのラジオ [the Christian radio broadcast] を聞きます。ある朝、あなたが聖書を男性にあげたことや飛行機であった話の最後の部分が耳に入って来ました。わたしはずっと涙を流しながら聞いていました。その番組は夕方もやっていたので、テープに録音し、もう一度妻と聞きましたが、二人とも泣いていました。

この26年もの間、クリスチャンを自認してきましたが、わたしの証しは劣化してきていたのだと思います。あなたのメッセージは、再び挑戦するようにと促してくれました。時間は短いのだと、そして、主が来られるのだということに気付かされたのです。

石炭を運んでくれる男性が、今日来てくれました。彼はこの数週間具合が悪いのですが、まだ42歳です。どこが悪いの?と訊くと、脳内出血を患っているとのことでした。それ以来、人生について考えるようになったと言うのです。何か信仰を持っているのかと訊きましたが、それには答えはありませんでした。わたしは、自分の信仰のことを手短に語りました。それは即席の物語でしたが、来週には、彼のために「祈りをもって備えた人」(preprayered)でありたいと思います。

わたしは、神の促しを聞くように努めよう、そして、自分の時間が自分のものではないことを心に刻もうと決意しました。

毎日、神はわたしに語り掛けてくださいます。時には、ご自身を現わされ、御自分の御性格やご指示を示されて、もっと近くにお寄り、そして、よくお聴きと仰います。また、ある時には、そのご目的に与るようにとお招きになります。例えば、ニールが石炭を運んだ相手に自分の問題を打ち明けた時のように。また、別の時には、神は御自分がどれほど私たちを愛しているかを忘れないようにと、ささやいてくださいます。

あぁ、神がわたしに語り掛けてくださっているなんて、何という喜びでしょうか!けれども、多くの信徒たちは、神との関係に不可欠のこの要素を見逃しているのです。わたしはこれまで、ラジカルな従順を求めてきた自分の歩みを人々に語って来ましたが、よく訊かれることは、自分も神の声を聞きたいが、どうすればよいかという質問です。あなたも同じような質問を持っておられるかも知れません。神がわたしに語り掛けておらっるのをどうやって知るのか?それが神の声なのか、それとも自分の思いに過ぎないのかを、どうやって見分けるのか?わけのわからないようなことを神がお命じになったらどうしよう?

神の声を聞き分ける妙法なんてありません。身近な人たちの声を聞き分けるうちに、神の声を聞き分ける術を「学ぶ」のです:神を知ることによって。そして、神を知る時、自分が促されていると感じる行動が、神からのものなのか、そうではないのかがわかるのです。

わたしはいつも神の声を聞いていますが、それは聴覚を通してではありません。神がわたしに語り掛けられる時、心にある印象が残って、それが神からのものだと知るに至るのです。自分が今聞いていることが、神からのものなのかどうかを識別するのに役立つ五つの重要な問いかけをも学ぶことができました:

• 1.自分が今聞いていることは、聖書と繋がっているか?
2.それは、神のご性格と一致しているか?
3.それは、確かに、教会で聴いている時や静かに学んでいる時のメッセージか?
4.それは自分を超えているか?
5.それは神を嘉するものか?

これらの問いかけを自分にすることは、それが自分の思いなのか、神から受けたものなのかを見分ける助けとなります。これらのことを、一つずつ、もう少し詳しく見て行きましょう。
(続く)