~更なるものを求める魂~(続き⑦)

七つのシンプルな言葉(続き)

私たちは皆、働いておられる神を見たいと思っているのではないでしょうか?私たちの周りで、私たちの中で、私たちを通して働かれる神の御業は、この世で最大の冒険なのです。宇宙の神はあなたをお使いになりたいと思っておられるのですよ!

でも、この冒険には一つの条件があります。私たちが私たちなりの規則を作り、検討すべき課題を設ける、つまり、やるべきこと、やってはならぬこと、社交儀礼と適切な場を設けて、神のご命令に従う必要があるということです。神の示される条件はとてもシンプルですが、とても深いものです:神が何をせよと仰せになられても、それをおやりなさい。それに尽きます。それこそは、まさに聖書そのものであり、旧約聖書と新約聖書の何百ページもの、何千もの聖書の節、それらのすべてが七つの言葉に込められています。

それは、神に肯うことを選び取ったラジカルなほど従順な女性の呼びかけなのです。

あなたの肯いを生き切る

飛行機でのあの男性に聖書をあげた物語は、あなたに何かインスピレーションを与えましたか?どんなインスピレーションでしたか?

神との関係性を深めようとするのを引き留めるものとはなんでしょうか?
●時間ですか?
●脅しですか?
●聖書が自分の日常生活にそぐわないと感じるからですか?
●難しすぎる感じがしますか?

上記の質問のどれかに当てはまるものがあれば、あるいはそれ以外に自分を引き留めている感じのするものがあれば、コメントしてください。

詩編19:7-10には次のように記されています:

主のおきては完全であって、魂を生き返らせ、
主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、
主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、
主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、
また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。

この詩編の行を言い換えたEugene Peterson の The Message もわたしは好きです:

神の啓示は完全で、われらの命を一つに纏めてくださる。
神の道しるべは明らかで、正しき道を示してくださる。
神のいのちの地図は、喜びへの道を示していて、正しい。
神のご指示は平易で、目に易しく映る。神の名声は24カラット
の金で、一生涯を保証する。神のご決定は最新のレベルまで
正確だ。神の御言葉はダイヤモンドよりも、エメラルドに挟まれた
ダイヤモンドよりも素晴らしい。あなたは御言葉を春のいちごよりも
赤く熟したいちごよりも好きになるだろう。

詩編19:7-10が神の御言葉の何を約束しているのか列挙してみましょう。

人間の精神が決意することは、本当に素晴らしいものです。私たちは自分が守りたいもの、心から信じるもの、望むもののためには死ぬまで戦います。では、かくも永遠に重要で意義のある関係性に対して、気乗りがしないのはなぜでしょうか?

申命記6:5を読んでみましょう:

●どうすれば、神を心で愛することができますか?
●どうすれば、神を魂で愛することができますか?
●どうすれば、神を知力で愛することができますか?

神に肯う自由を得るためには、何か手放さなければならないものがありますか?

●多くの犠牲が求められるかも知れないとの恐れ?
●キリストと見えるものに人生を賭けた時、自分がどうなるかわからぬ不確かさ?
●そこまでの距離を行けるかどうかの不安感?

詩編16:7-9にはこう記されています:

わたしにさとしをさずけられる主をほめまつる。
夜はまた、わたしの心がわたしを教える。
わたしは常に主をわたしの前に置く。
主がわたしの右にいますゆえ、
わたしはうごかされることはない。
このゆえに、わたしの心は楽しみ、わたしの魂は喜ぶ。
わたしの身もまた安らかである。

この詩編の節が上述した懸案事項に対して、どのように確かな応えとなっているかを以下に記してください:

本章で読んで来たこと、それは:「神に肯う女性になるということは、神が何を求めておられるのかわからなくても、神を信頼する道を選ぶことなのです。それはまた、一度神に肯ったならば、道がどれほど険しくなっても、後戻りをしないということでもあります。」

神との新たな冒険に向けて出発する誓いの祈りを書いてみてください:

(第一章終わり)