今自分の聞いていることは聖書と符合しているか?
神は御言葉と正反対のことを語り掛けられたり、命じられたりすることはありません。けれども、私たちが聖書を知らなければ、自分の聞いていることが御言葉と符合しているかどうかを識別することはできません。使徒パウロは、こう記しています:「あなた方は、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造り変えられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである」(ローマ人への手紙12:2)と。神の御言葉は、神が何を私たちの心に語り掛けておられるのかを理解できるように、私たちを助けるために聖霊がお使いになる言語なのです。私たちは神の御言葉に入って行って、神の御言葉が私たちの中に入って来られるようにしなければなりません。そうすれば、私たちの心は変えられ、神が私たちにお伝えになりたいことが何であれ、それに備えることができるようになります。そうして、私たちは、パウロが記しているように、神の善意のみならず、神がお喜びになる、神の全き御心をわきまえ知ることができるようになるのです。
聖書を読むのに、神学過程を学ぶ必要がないと言うことは、ありがたいことです。神の御言葉を読むのが初めてならば、注釈付きのわかりやすい翻訳を選ぶとよいでしょう。優れた経験則とは、「シンプルに始める」ということです。聖書の一節を読み、自問してみる:「この一節は誰に語り掛けられたものか?わたしには何を言おうとしているのか?この一節はどのような方向性を示しているのか?この一節を読んだ結果、思考法や行動の仕方を変える必要が出てきたか?このテーマに繋がる別の行が、旧約聖書や新約聖書にあるか?
これらの問いかけは、ほんの出発点に過ぎません。わたしとしては、日記をお付けになること、そして、神の御言葉を読んで、学んだ節や個人的に感じたことを記録なさることをお勧めします。
(続く)