~神の声を聞いて~(続き⑩)

あなたの「肯い」を生き切る

ローマ人への手紙12:1-2を読んで、以下の定義を書いてみてください:

生きた供え物:

神に喜ばれる:

妥協してはならない:

この世の倣い:

造り変えられる:

心を新たにする:

神の御心をわきまえ知る:

上記の節を読み返して、そこから神の声を識別することについて学んだことを書いてみてください:

実際に神に栄光を帰していると感じるあなたの生活の場面を挙げてください:

犠牲にする、あるいは、変える必要があると感じている場面を挙げてください:

この世的な考え方に妥協しているような生活の場面がありますか?

そうした場面で、心を新たにするにはどうすればよいですか?

この場面で心を新たにしたい時、覚えておくと役に立つ聖書の一節を二か所見つけてください。

自分の思う方法で造り変えられ、心を新たにしたいと望む人たちにとって、それらの個所から得られる約束とは何でしょうか?

本章であなたの学んだ神を識別するための五つの質問を書いてください:

1.
2.
3.
4.
5.

これは、神の声を聞くための最重要方法ではなく、出発点に過ぎません。これらの質問のどれが、最もチャレンジングだと思いますか?

Eugene Peterson はその The Message の中で、ローマ人への手紙9:25-26を引用して、こう述べています:「ホセアはいみじくもこう言った:わたしはわたしの民でない者を、わたしの民と呼び、愛されなかった者を、愛される者と呼ぶであろう」と。パウロは更に続けます:

では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めたかった異邦人は、義、すなわち、
信仰による義を得た。しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に
達しなかった。なぜであるか。信仰によらないで、行いによって得られるかのように、
追い求めたからである。彼らは、つまずきの石につまずいたのである。
 見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、さまたげの岩を置く。その石はわたしで
 である!それにより頼む者は、失望に終わることがない」
と書いてあるとおりである(ローマ人への手紙 9:30-33)。

そうです、神は私たちが神の声を待ち望んで生きることを願っておられるのです。方向を示してくださったり、聖なる御約束に向かわせてくださるお声を聞くことがありますし、また、神から知恵や、戒め、励ましを学ぶこともあります。でも、たいていの場合わたしは、神の栄えある御声が、「あなたは神の民!あなたはわたしの愛する娘!」と仰っておられるのを、あなたもお聞きになることを祈っています。

(第二章終わり)