~ラジカルな祝福を浴びて~(続き③)

もっとスリルに満ちた生活を

人生は、それほど日常的でなければ、それほど辛いものではないと言う言葉を聞いたことがあります。でも、聖書は、一日一日が、私たちの喜び愉しむべき神からの贈り物なのだと言っています(詩編118:24) 。神との日々の冒険は、生活に刺激を与えてくれて、あなたの人生観を変えてしまうかもしれません。あなたのその日は、やるべきことを次々とこなす日ではなくて、神の一連の御約束なのであり、掘り起こされるのを待っている隠れた宝なのです。

人生をこのように見ることができれば、神の喜びの宝庫を開けることができます。真に敬虔な女性であるしるし、それは、神の御力がその行いにではなく、在り方に現れている女性のことです。彼女は神の喜びの宝庫を開けたので、彼女の心は感謝と愛で溢れているために、彼女の周りにいるだけで、あなたは刺激を受けます。彼女は地味な仕事、日常の務め、そして、人生の艱難をも、かくも優雅にこなすので、あなてはいつの間にか彼女を見倣いたいと思ってしまいます。彼女は冒険心に満ちていて、それでいて、旅路を歩むことに疲れることがないのです。

心の平穏の深み

混乱と不確かさのこの世界では、平穏ほど大切なものはありません。神に肯う時、わたしたちは自分の人生と愛する人たちの人生が、神の不変の愛の確かさの中に憩うことを実感します。目の前の環境をコントロールできなくても、それにどう反応するかを選択することはできます。心の中で神に肯い、神を完全に信頼すると決めたならば、もうあなたは未来の心配をする必要がありません。あなたは結果の責任を負う立場になく、ただ従順でいるという責任があるだけです。神が完璧なご計画をお持ちで、すべてをその御手で制御しておられることを知るという平穏に、あなたの心は満たされるでしょう。なんという自由でしょうか!
(続く)