~30年前のメモ~

亡き母の生前の身の振り方に関する相談の手紙(姉と義兄に宛てた手紙)が出てきた。
こんなこともあったのだと思うよすがに、ここに記しておきたい:

兄上さま/姉上さま(1995年5月11日)

昨晩は唐突な電話でご免なさい。なかなかお会いして(母親抜きで)ご相談する機会がない侭、具体的な事柄(物件ETC)が出てきたりして、あのような電話になってしまいました。お母様の問題については、特に今回私なりにずいぶんっ考えてきたつもりです。例のお母様と玲子さんとできめてしまった分骨/洗礼の事後承諾の一件を思うにつけ、仮に反対されても、事前に兄上様、姉上様にはお話をしておきたいと存じました。

お母様は私に話したことがお二方や玲子さんに筒抜けになると分かったら、今後一切誰にも言わずに、鬱状態になるか、問題が起こってからパニックになって助けを求めてくるかのいずれかになるのではないか、まずそのことを危惧しています。ですから、今回の件はお母様には今のところ知らないことにして下さいませ。

お母様は今桐生の家を売るか貸すかしてでも東京に住みたいのです。これは若い頃からの夢でした。そして、独りになった今の広い家に、これからバスも廃止されることになることも加えて、時々にしか(多くて月に一回:私の場合はせいぜい3か月に一回で済まないと思っています)帰って来ない私たちや孫の「別荘の留守番人」みたいに感じているのです。また、東京や蕨で、特に蕨で兄上様や姉上様にどんなによくして頂いても、自分の家でない以上客としてアレデモ気を遣って(気の遣い方が見当はずれなんだけどネ)過ごしているのです。

今私は必至でお母様に次のことを言って、説得を試みています:

1)仮に家を売って、そのお金で東京にマンションを買いたいと思っても、不労所得でかなりの税金を取られると思うし、実現は不可能;

2)仮に家を貸して、その家賃で東京にマンションを借りたいと思っても、東京の家賃を払えるほどの収入は到底期待できないし、一旦貸したら、出て行って貰いたい時に出てくれるかも、きちんと住んで家賃をはらってくれるかどうかも保証の限りでないこと;

3)経済的に二重生活をすることになるが、その覚悟はあるか、つまり、桐生の家から引っ越しはしないで、必要最低限の地味な生活を東京でのパッチワークや俳句の趣味で楽しむようにし、かつ万一盗まれたら困るものを保管する方法を考えること;

4)3)に関連し、今後の”老後” 介護施設に入るには入居時の預託金として一千万円位は平均掛かるし、月々最低20-25万円位は生活介護費として必要になることも念頭にいれておくこと;
また、東京に住むには私の名義でなければ借りられないこと、従って、住民票は桐生のまま、等々。

上記のことを毎晩のようにお母様に言いながら、偶々昨日私のマンション内に空室が6月頃出そうだという情報が入ったので、早速兄上様姉上様に電話するかたわら、母に桐生での光熱費、その他基本料金が住まないままでどの程度掛かるものか調べておくように伝えました。今日は隣のマンションにもっと安い空室(狭いのです)がないかどうか尋ねてみるつもりです、家主が顔見知りのクリーニング屋ですので。

兄上様姉上様にはきっともっと別のご意見、ご心配がおありだと存じますし、反対なさることも予期した上での晃子の行動です。今日は運よく上司不在なので、仕事の振りしてこのワープロ叩いている次第です。どうか事実のみご了解の上、反対なら反対、頂けるものならご助言を賜りたくお願い申し上げます。

かしこ

(註:そんな折に、まさに真っ最中に、今私の住んでいるマンションの売り出しチラシが舞い込んだのでした!~~~)