今自分の聞いていることは、他のメッセージを通して確認されているか?
ある特定の問題について神が語り掛けられる時、わたしにはそれを避けることができません。いたるところで説教を耳にするからです。ポッドキャストのエピソード、話す人の話題、友人との会話などのすべてが、独りで神と過ごしている時に聞こえることと符合するのです。
あなたは神と二人だけで過ごしたりなさいますか?神の声を聞くのに、日曜日の朝まで、週に一度の聖書研究会まで、会議に出席する時まで待つ必要はありません。これらの時間は、独りで過ごす時に聞こえたことを確認する場なのです。そこでは、神の御言葉を心の中で思い巡らし、神のご性格についてもっと学び、神の声に耳を傾けます。
誰かと会話している時のことを想像してみてください。お互いに語り合い、耳を傾け合います。主との会話も、一対一でいる時、同じことが行われているのです。ひとりで喋りまくっていてはいけません。神は私たちが心を打ち明けるのを望んでおられ、しかる後に、私たちに応えて下さるのですから。イエスは、次のような喩を話してくださっています:
門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。
そして彼は自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の
羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って
行く。羊はその声を知っているので、彼について
行くのである(ヨハネ10:3-4)
では、この一節を少し解説を入れて読み直してみましょう。
門番は彼 [イエス] のために門 [神と直接にコミュニケーション
を取るための道] を開き、羊 [あなたとわたし] は彼の声を聞く。
そして彼 [イエス] は自分の羊の名を呼んで [主は私たちに
個人的に語り掛けてくださる] 連れ出す [方向を示して下さる]。
自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。
羊はその声を知っているので、彼について行くのである
[羊は主と一緒に過ごしていたから、主の声がわかるのである]
(ヨハネ10:3-4)。
イエスは、私たちが神と語り合い、神の声を聞くことができるように道を開いてくださるお方です。神は私たちを、名前を呼んで招いておられます。神は私たち一人ひとりと個人的な関係を持ちたいと望んでおられるのです。誰かの名前を呼んでいる時の自分を想像してみてください。あなたはその人のことを知っています。その人の名前を呼ぶのは、あなた方二人が何らかの形で繋がるためです。この一節は、神が私たちに伝えたいと思っておられる道が、人生の方向を指し示す道であることを示しています。神は私たちの前を行かれ、私たちが直面する危険や試練を見ておられるのです。神は私たちの行くべき道を、辿るべき道しるべを、避けるべきものを、しっかり握っておくべきものをお伝えくださっています。何よりも神は、私たちが神のものであり、私たちと関りを持ちたいと望んでおられるからこそ、私たちに語り掛けてくさるのです。神は私たちを愛してくださり、私たちが大好きであり、大切にしたいと、そして、私たちのために良いご計画をお持ちなのです。神は私たちが神の声を知り、神の声に耳を傾けるのを心から望んでおられます。このように神を知り、神に信頼する唯一の方法とは、神と共に時を過ごすことに他なりません。
(続く)