家が貧しかった頃
母は つけ買いで
日用品や食品を調達し
家族の必要を満たしてくれた
父の給料日は
現金が目の前に現れる間もなく
消えて行く日だった
お小遣いを貰ったことはないが
手作りのおやつと
美味しい食事に
満たされた毎日
機転と気前の良さは
どんな時も
家族を幸せにしてくれた
好奇心と向学心に溢れ
努力を厭わなかった母
病弱な父とわたしを
抱えながら
日夜内職に励む母
理不尽を許さない母は
父との口論も多かったが
我が子等の教師にも
堂々と抗議した
幼い子供の
努力の末に付けられる
通信簿の評価にも
堂々と抗議した
その理由
それは結果としての評価に
対してではなく
評価する側の愛の欠如
理解と想像力の欠如に
憤慨してのことだった
そんな母を見て育ったわたしは
高校で大学進学の理由と動機を書けと
言われた時、
「母のような聡明な女性になりたいから
そして願わくば社会に貢献したいから」と
書いたのをよく覚えている
家庭を築くチャンスがなく
社会に貢献するチャンスもないまま
老いを迎えたわたし
これから何ができるのだろうか?
お母さん、あなたはすごかった!
(2025年8月3日)